〒321-3303 栃木県芳賀郡芳賀町大字稲毛田1192-5
営業時間 | 8:30~17:30 ※水曜を除く |
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アクセス | 管理センター前から車で12分 駐車場あり |
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代表 山本
住宅ローンアドバイザー (住宅金融普及協会)
1987年2月 先代より事業を引継ぐ
2005年2月 住宅建設合理化システム導入
はじめまして。山本材木店 代表の山本義雄です。私は栃木県芳賀町に生まれました。幼いころから木の匂いと、家づくりに向き合う大人たちの背中を見て育ちました。父は材木店を営み、同時に地域の家づくりを支える建築業も手掛けていました。私にとって「家を建てる」ということは、特別なことではなく、日常の中にある当たり前の風景でした。
当時はまだハウスメーカーが一般的ではなく、家は大工が建てるもの。座敷を中心とした和の住まいには、木の美しさや質の高さがそのまま家の価値を決めていました。柱一本にも意味があり、節の有無や年輪の細かさまでが職人の目で選ばれていた時代です。
私は21歳のとき、父の仕事を手伝い始めました。トラックで資材を運び、木材市場へ通い、現場で職人さんたちの仕事を間近に見ながら、少しずつ家づくりを覚えていきました。
「自分の目で見て、確かなものを使う」
その姿勢は、父から自然と学んだものです。
材木店としての強みは、木材を見極める力にあります。市場で仕入れた木を、すぐに使うのではなく、時間をかけて乾燥させ、反りや狂いを見極める。使える木と、使えない木をきちんと分ける。
その手間を惜しまないことが、後の不具合やクレームを防ぎ、住まいの安心につながっていました。
「見えない部分こそ、手を抜かない」
それが、材木店としての誇りであり、今も変わらない家づくりの基本です。
ブルーな日々
仕事を始めて8年ほど経った頃、父が脳梗塞で倒れました。命は助かったものの、後遺症が残り、仕事に戻ることはできませんでした。そのとき、私はまだ「一人前」とは言えない立場でした。
それでも、会社も、職人さんたちも、お客様も、すべてを引き継がなければなりませんでした。不安でいっぱいでした。何をどうすればいいのか分からないまま、それでも止まることだけは許されませんでした。
職人さんたちに支えられながら、手掛けていた住宅2棟を無事に引き渡すことができたとき、「やっと終わった」と思う間もなく、次の現実が待っていました。
不安な日々
――仕事がない。
建築の仕事は、完成してから次を探すのでは遅い。職人さんの生活を守るためにも、次の現場を確保しなければならない。
しかし私は、営業の経験も、人脈もありませんでした。どこにお客様がいるのかも分からず、まるで暗い海に一人で船を出すような気持ちでした。
「自分に家づくりを任せてもらえるのだろうか」
「経験の浅い自分が信頼されるのだろうか」
そんな不安と、日々減っていく銀行の口座残高。職人さんへの支払いを優先する中で、自分の給料は後回しでした。経営の重みを、身をもって知る日々でした。それでも、あきらめるわけにはいきませんでした。
家づくりの始まり
そんなある日。以前お引き渡ししたお客様から、一本の連絡をいただきました。
「親戚が家を建てたいと言っているので、紹介したい」
思いもよらない言葉でした。あのときの喜びは、今でも忘れることができません。技術も経験もまだ十分ではなかったかもしれません。それでも、「任せてよかった」と思っていただけたことが、次のご縁につながった。
この出来事が、私の原点になりました。私は今でも思います。家づくりは「建てること」が目的ではない「安心して任せられる人かどうか」がすべてだと。だからこそ、私は、
・木材を自分の目で見て選ぶこと
・見えない部分こそ丁寧に施工すること
・お客様と正直に向き合うこと
この3つを何より大切にしています。華やかさはないかもしれません。派手な宣伝もしません。ですが、一棟一棟、誠実に向き合い、「この人に頼んでよかった」と思っていただける家づくりを続けていきたい。
それが、私の変わらない想いです。
山本材木店
代表 山本義雄